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2012年6月29日 (金)

他人を支える生き方

昨日奥様が幼稚園で松下政経熟の卒業生の方で幼児教育をされている方の講演を聞いてきた。
松下政経塾とは、松下幸之助が70億もの私費を投じて設立されたとのことである。
その講演を聞いて、松下幸之助のことがお気に入りとなり、本を購入し、まず私が読むようにとアドバイスされた。
これまでは、世の中で成功している人、例えば、イチロー、トヨタ自動車の豊田章男社長、楽天の三木谷社長など、体力、財力、学歴等、他人よりずっと優れた能力がないと成功できないような気がしていた。
しかし、松下幸之助の本では
「9歳で奉公に出され、幼いうちから商人としての躾を受けることができた。
体が弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。
学歴がなかったので、常に人に教えを乞うことができた。」とあり、
厳しい環境でも逃げずに努力を続け、最終的には、パナソニックを一代で築き上げた経営者となった。
つまり、他人より財力、体力、学歴がなくても、努力によっては、他人を支えたり、活かしたりして成功することは十分可能だということがわかる。
財力、体力、学歴等がないから、成功できないというのは、厳しい言い方をすれば、怠惰や甘えがあるのだと思った。
さて、私はこれからも努力を惜しまず、益々よいしょするぞと。

2012年6月18日 (月)

息子に、父に「薬を」 ギリシャ、医療制度まひ

共同通信社
 「今日中に薬が必要なんです」。肝臓移植を受けた2歳児を乳母車に乗せた母親は、車の排ガスで息苦しささえ感じられる炎天下の路上で途方に暮れていた。17日に国会再選挙を迎えるギリシャ。財政危機は国の医療制度をまひさせ、医薬品不足が深刻化。市民は薬局前に列をつくり、重病の家族の命をつなぐ薬を懸命に求めていた。

 アテネ中心部の政府系薬局前で、順番待ちをしていたマリア・スクダーディさん(24)の息子パナヨーティスちゃん(2)は、約1年前に肝臓移植手術を受け、継続的にさまざまな種類の投薬が必要。最近は脳の炎症を抑える薬が欠かせないが、病院の薬局で入手できなくなった。「今日で薬がなくなって3日目。医者からは今日も投薬できないと(命が)危ないかもしれないと言われた」

 40度近い気温の中、息子を外に連れ出すことにためらいはあったものの、手術と治療のために地方から移り住んだ首都に重病の息子を預ける知人はいない。生活費は建設業の夫が得る月360ユーロ(約3万6千円)の失業手当だが、2カ月前に給付が止まったままだ。

 スクダーディさんは、順番待ちの番号が書かれた紙片を握り締めながら、うつろな表情のわが子と、順番を示す電光掲示板に交互に目を向けた。

 ギリシャでは政府系医療保険基金が資金不足に陥ったため、医薬品販売業界が、基金からの多額の支払い遅滞に耐えきれず、保険適用での医薬品提供を停止。市民は無保険の高額な医薬品を買うか、スクダーディさんのように、数少ない政府系薬局で供給が細った従来価格の薬を探す日々を強いられている。

 特に高額ながん治療薬などの不足は深刻。地元紙によると、患者が投薬を諦めたり、死亡したがん患者の遺族から余った薬の提供を受けたりして、その場しのぎをするケースが相次ぐ。

 政府は慌てて重い病気治療に必要な薬については一部の支払いを実施したが、供給の混乱は収まっていない。薬局前では必要な薬が得られず怒り出す市民もいた。

 がん患者の父親(80)の薬を求め既に1時間以上待っていたディオニシス・クーチスさん(49)は失業中で、父親の月1100ユーロの年金が頼り。無保険の場合は月に数千ユーロにもなる薬を買う余裕はまったくない。

 財政がほぼ破綻状態にあるギリシャ。「医療は崩壊、給料が減った教育現場の教師はアルバイトに精を出す。政府は国民を裏切った」と怒りを交え、窮状を訴えた。

日本もデフォルトしたら、こうなってしまうのか・・・・。

2012年6月11日 (月)

利他の実践

厳しい競争社会の現在、地位や名誉、お金、異性などは他人との競争に勝たないと得られない。
誰かが出世して社長になれば、その他の人はなれないし、誰かが素敵な異性を得たらその他の人は得られない。お金も限りがあるため、誰かが沢山集めるとその他の人は得られない。
すると自分だけは幸せになりたいと思い、他人との競争に勝つため利己的な考えになってしまう。
もちろん常に競争に勝てるわけではなく、負けた時には相当苦しむこととなる。
仮に他人に勝ったとしても、その競争過程では苦しみ、勝った時は満足するが、それも一時的で、その状態を維持するためには、苦労が伴い油断できない。
結局、自分だけが幸せになりたいという、利己的な目的の場合、勝っても、負けても苦痛を伴う。
どうすればよいのか考えたとき、仏教では利他という、自ら他人を利することで、類は友を呼び、自分の周りにも同じように利他の行いをする人を増やし、最終的には他人と自分も一緒に幸せになるという急がば回れの考え方がある。
ただ、利己的な他人の利己的な望みを助けても、更に利己的になるだけで意味がない。
現状の私が出来ることは、悩んでいる他人、病気やけがなどで苦しんでいる他人の苦痛・悩みを和らげる手助けすることで、利他の実践をすることができると思う。

2012年6月 7日 (木)

三枝さんの「充電」 香山リカのココロの万華鏡

香山リカのココロの万華鏡:三枝さんの「充電」

 ある新聞に連載されていた桂三枝師匠の自叙伝を、楽しみに読んでいた。ずっと第一線で活躍しているイメージの三枝さんだが、40代で「自律神経失調症」と診断され、レギュラー番組をいくつも降板したことがあったと知って驚いた。「どうき・息切れがして視野も狭くなる。心配ごとがあると、そればかりが頭を占拠してしまう」と相当につらい状況だったようだ。

 その当時は「レギュラー番組が減ると、そのまま芸能人人生が終わるようで、焦りもあった」という三枝さんだが、今では「むしろよかった」と振り返る。働きづめの状態から解放され、これまでできなかったことにも手を伸ばす「充電期間」になったからだ。

 絵を描いてみたりソフトボールチームの監督を引き受けたり、と三枝さんの「充電期間」はなかなかパワフルに見えるが、それでもその間はやはり「仕事ができない」という不安もあっただろう。しかし、そこであわてずにじっくりと好きなことに取り組んでいるうちに、症状も次第に治まってきたようだ。そして、結果的にはいろいろなことを気ままに行ったおかげで、「人生の引き出しの数と幅がぐっと広がり、芸の基礎体力が養われた」とのこと。もっとも理想的な療養生活と言えるだろう。

 ただ、強調しておきたいのは、そうやってプラスに振り返ることができるようになるまでには、相当の時間がかかることだ。三枝さんの場合は「10年もすると、意欲や気力が高まってくるのを覚えた」と述べている。

 「えっ、10年! 私はそんなに『充電期間』を取ることはできない」と思う人もいるだろうが、10年間、ずっと仕事をせずに休みなさい、というわけではない。調子を崩しても、半年から1、2年で通常の仕事や家庭生活に復帰できる人も少なくない。その場合でも、すぐに全力で走り出せばまた倒れてしまうことになる。「そうか、あの三枝さんも10年かかったんだ」と自分に言い聞かせ、少なくとも5年は「心の充電期間」と考えて少しペースダウンしたり、趣味や休養に時間を割いたりしてみてはどうだろう。

 もちろん、なかなか思うように回復せずにあせっている人も同じように、「三枝さんでも10年」と自分に言い聞かせることをおすすめしたい。私もすでに診察室で何度も「ほら、あの三枝さんも」と記事を見せながら、患者さんに説明している。庶民の味方の師匠なら、「いつもそればっかり言われたら、困りますわ」と言いながらも、笑って許してくれることだろう。

 あのような芸能界の大御所でも、みえないところでご苦労をされていたのですね。

2012年5月29日 (火)

新旧のバランス 香山リカのココロの万華鏡

香山リカのココロの万華鏡

 精神科医が多数、参加する学会に出席した。最先端の遺伝子研究や新しい薬物療法などの発表が相次ぎ、カタカナや英語のメモを取るのもひと苦労だったが、一方でまったく逆の話も多かった。

 たとえば、がんなどの重い病気があって入院している人が、昼と夜のリズムが逆転してしまうことがときどきある。そういう場合、内科の先生に頼まれると精神科医は、「じゃ、睡眠導入剤を処方しましょう」と言いがちだ。しかし、その道のベテランの医師はこう言った。

 「眠れないからすぐに睡眠薬、ではなくて、たとえばベッドを窓際に移してみる、というのはいかがでしょう。それだけでも一日のリズムが戻ってきて、夜は眠れるようになれることも少なくないのです」

 ほかのシンポジウムや研究発表でも、「すぐに薬を出さずに、話を聴きながら様子を見る方法もあります」「高度な検査装置がなくても、まずは目の前の患者さんをしっかり診察しましょう」といった発言、アドバイスを何度も聞いた。つまり、ひとことで言えば、「科学や技術に頼らない診断、治療を大切に」ということだ。

 「なるほど」と私は深くうなずいた。私が勤務している診療所は最近、全面的にカルテがパソコン化されたのだが、そうなるとつい「えーと、これとこれの検査をして、この薬を出して」と診断から治療までをパソコンの画面だけで計画してしまいそうになる。しかし、本当に大切なのは「夜、何度も起きてしまうのですね。……もしかして日中、昼寝してませんか? え、してる? じゃ、少し昼間は外に出て、からだを動かしてみましょうよ」と原点に戻り、アナログ的な診断やケアを忘れないようにすることではないだろうか。

 とはいえ、「認知症の脳血流シンチ検査はどうなるか、って? ああ、私、むずかしいことや新しいことはいっさいわからないし、あくまで患者さんをじーっと診て診断したいから」と科学を拒否するのも、また医師としては問題のある態度といえる。結局は、言うまでもないことだが「新しいものと昔ながらのものをバランス良く」ということになろう。

 でも、この「バランス良く」ということほど、人間にとって実行するのがむずかしいものはない。たとえばダイエットをしようとして、完全に食事抜きにする期間と反動でドカ食いをする期間を繰り返している人はいないだろうか。私もダイエットではよくそんな失敗をするのだが、せめて診察室では「新旧バランス良い治療」を心がけたい。

私もバランスよく生活するぞと。

2012年5月25日 (金)

子育ての醍醐味 香山リカのココロの万華鏡

香山リカのココロの万華鏡:子育ての醍醐味

 私は児童精神科医ではないのだが、通院している患者さんからときどきこんなことをきかれる。「先生、私じゃなくてウチの子どものことです。小学生なのですが落ち着きがなくてすぐに木登りをしたがって……。発達障害なのでしょうか?」「中学受験が近いのにマンガに夢中で勉強にあまり関心がないのです。そういう発達障害もあると聞いたのですが」

 たしかに幼児や児童の発達障害は、「早期発見、早期介入が大切」と言われている。早いうちから専門のプログラムに導入することで、コミュニケーションや対人関係の能力に改善が見られる子もいる。とはいえ、私が相談を受けるようなケースでは、子どもたちは乳幼児期健診を受け、小学校でも大きな問題はなく友だちと遊んだり学校行事に参加したりしてきたわけだ。ほとんどの場合で、親が心配しているような問題はないと考えられる。

 以前、ある母親があまりに「本当に心配なんです」と繰り返すので、「もし必要なら専門医を紹介するから一度、連れてきてみては?」と話し、小学4年生の息子を診察室に連れて来てもらったことがあった。初めての診察室で若干、緊張ぎみではあったが、「ゲームが好き」とのことでその話題になるととたんに目が輝いて、あれこれ語り出す。母親が言うような「外の世界にはまったく無関心」「他人との会話が成立しない」などという特徴など、まったく感じられない。

 「あのー、ご心配の発達障害の可能性はないと思います。勉強よりゲームに熱心、ってこの年頃だと誰でもそうだと思いますが……」と正直に伝えると、母親は驚いた顔をした。「えっ! そうなんですか。同級生の多くは塾に通っていて、自分から進んで中学受験したいと言っている子も多いんです。ウチの子だけがやる気がないんですよ」

 それを聞いて、今度は私のほうが驚いた。遊びたいさかりの小学生が自分から塾に行ったり自ら受験勉強したりするだなんて、むしろそっちのほうが心配だ。親や先生の言うことをきかずに困らせたり、おとなの目を盗んで遊んだりするのが、本来の子どもというものなのではないだろうか。もちろん、私もそんな子どもだった。

 わが子が自分の理想や期待と違うのは、親にとっては心配の種だろう。でも、子どものワガママに振り回され、「まったくもう!」とため息ついたりすることこそ、実は子育ての醍醐味(だいごみ)なのではないのか。子どものいない私は、「わが子に手を焼いてみたかったな」とつくづく思うのだ。

 最近うちの息子もワガママになり、振り回されてますな。

2012年5月18日 (金)

ブータン人の幸福

 ブータンはチベット仏教の国で、国民の97%が幸せであると感じているとのこと。
それは、国王が、経済発展だけでは貧困問題、環境破壊、文化の喪失につながり、必ずしも幸せにつながるとは限らないと考え、国の力や進歩を「生産」ではなく「幸福」で測ろうという、
GNH=Gross National Happiness が大切だと気づき、
よい統治、自然環境の保護、病院・学校の充実などを進めてきた結果であった。
物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも大切だという考え方。
あれもこれもと際限なく求めるのではなく、まさに仏教の教えである「足るを知る」の世界。
 一方日本は客観的にみれば、世界3位の経済大国、世界有数の長寿、先進国の中でも
治安の良い国と外的環境はブータンよりも圧倒的に恵まれている。
 にも拘わらず、自殺率はアメリカの2倍、世界4位で高止まり。冷静に考えると世界トップクラスの外的環境だが、他人と比較したり、もっと豊かな人ばかりを見て、精神的には幸せだと感じている人は少ないのだと思う。
今後更に豊かな外的環境を求めるならば、数十年、数百年経っても幸せとは感じることができないだろう。
 相田みつをも『しあわせはいつもじぶんのこころがきめる』と書いていた。
そろそろ、外的環境ではなく、自分の脳(心)が幸せを感じることに気づく時期だと思う。

2012年5月 7日 (月)

甘え?若年ホームレス 香山リカのココロの万華鏡

香山リカのココロの万華鏡:甘え?若年ホームレス 毎日新聞社

 路上生活者に雑誌を販売してもらい、仕事を提供して自立を応援する事業「ビッグイシュー」は、いまでは多くの人に知られる存在となった。そのビッグイシュー基金が、このたび「若者ホームレス白書2」をまとめた。その冒頭には、2008年のリーマン・ショック以降、40歳未満の若いホームレスが急増している、という衝撃的な事実が記されている。

 「若いのに仕事も家もない人」と聞くと、「やる気がないだけなんでしょう?」と思う人もいるだろう。しかし、白書からは単に「やる気がない」だけではすまされない、彼らの複雑な事情が浮かび上がってくる。

 意外に感じるかもしれないが、20代、30代のホームレスの多くは、就業経験どころか正社員の経験も持つ。白書に取り上げられているある若者は、過去に仕事で受けたトラウマがもとになり、働くことが怖くなり、身動きが取れなくなっている。「職場いじめ」を受けたという20代の若者の言葉が痛々しい。「ホームレス状態でいることはもちろんイヤ。でもそれと同じくらいの恐怖が働くことがある」

 もちろん、「そんなの、甘えだよ」という声があるのもわかる。しかし、甘えているわけではない。彼らは「困難にぶち当たっても、耐えたりまわりに相談したりすればなんとかなるはずだ」と思えない。自分のことも他人のことも、まったく信頼できないからだ。

 白書を読んでいると、彼らがホームレス状態から脱出するためには、仕事や住まい、準備資金などを与えるだけでは不十分だ、ということがわかってくる。彼らにもう一度、世間や他人、そして自分のことを信じる気持ちを持ってもらわなければ、何ごとも始まらないのだ。

 では、どうすれば「他人や自分を信頼する気持ち」を回復させられるのか。まず必要なのは、「世の中や人生って悪くないな」と思ってもらうことだ。ビッグイシュー基金でもホームレスの人たちのサッカーチームを作り、いろいろな大会に積極的に参加しているが、そこで「ホッとできる場所があるっていいな」と感じて立ち直りの一歩を歩み出した若者もいる。

 白書は言う。「若年ホームレスは特殊な現象ではない」。厳しいこの時代、誰もがいまの職場や地域から「もういらないよ」と言われる危険性と隣り合わせだ。「ああ、ただの甘えでしょ」と思わずに、仕事も住まいも人とのつながりも失った、若年ホームレスの問題や彼らの胸のうちについて考えてみてほしい。

 他人事ではなく、明日は我が身となってもおかしくない気がします。

2012年4月29日 (日)

休日

昨日は、休日であったため、子供といつもの淡水魚水族館に行ってきた。
長良川、アマゾン川など世界の河川にいる魚が展示してあった。
特に長良川の上流、中流、下流と細かに再現してあり、興味深かった。
再現されたものとはいえ、川の流れを見ていると、
 行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは 、 かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
と方丈記を思い出し、この世の無常を感じた。
思わず目頭が熱くなり、歳をとったなあと思う。
さあ、今日と明日もお仕事頑張るぞと。Img_0617


2012年4月28日 (土)

当直明け

昨日も当直明けであった。
激務で翌日は寝たきりの生活となってしまった。
今日はやや持ち直した感じ。しかし、GWにもまた当直で登場する。
生活のため、仕方がないとはいえ、石川啄木のように、働けど
働けど、ぢっと手をみている。
一方で、腹八分目に医者いらずという諺もあり、食べ物でさえ、
食べ過ぎるとかえって体にとって害になり、むしろもう少し食べたいと
思うくらいが健康には丁度よいとのこと。
お金も沢山あればあるほど、幸せなのかというと、必要以上に持っていても
欲望には際限がなくもっともっとと貪欲になったり、他人の妬みをかったり、お金の奪い合いの競争にも巻き込まれる。
もう少しお金が欲しいなと思う生活水準の方が、自然に質素、倹約が身に付き、
寧ろ健全なのではないかとやや強引に現状を肯定的に受け入れるぞと。

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